嵐の中にいた方が真っ直ぐ歩けるのかもしれない

あるときまで自分のことを、

「新しいこと、知らないことをやるのにすごく拒否感がある」「未知の領域ってものが大嫌いだ」と思っていた。

コラージュ療法というものを試したとき、上のことを繰り返し愚痴愚痴言いながら(ちなみにそのカウンセラーの先生のところまで行く途中にも嫌だ行きたくないと一悶着あった。自分で行くって言い出したのに)、雑誌をめくって好きな写真を切って貼った。

結果を見てカウンセラーの先生が、「未知の領域が嫌いっていうけど、これは、未知の領域に行きたいです、ってそのまんま表してないかな?」

私の作ったコラージュは、北極だか南極だかの氷河の、ページいっぱいの写真に、階段とドアをつけたものだった。

「た、たしかに……」と思いつつ、いや、違うんだよ、と言いたくなった。

別に冒険に行きたいんじゃないんだよ。その氷河がここにある雑誌の中で一番きれいな写真だと思ったから、そこの景色を見たら何もかも忘れられるかなって思ったんだよ。

でも、私がただ美しいという理由で目指すものって、たぶん外側から見るとなんでそんな険しいところ…って思われるんだろうなということは、まあなんとなく分かっていた。

今日は、いつもと違った場所のにいつもと違うことをしに行かなくてはならなくて、最近まるで身体の調子がよろしくないので、非常に気が重かった。

実際だるすぎかつ眠すぎて気持ち悪くなったり、何度か気絶しそうになったのだが、なんとか朝から夕方まで乗り切った。

帰り道に気づいたのだけれど、私はこうやって全く未知ではない、しかし新しい場所に放り込まれて、その場をうまいことやり過ごす、というのが、むしろ向いてるのではないか?

というか、ひとつところにとどまるのが、致命的に向いていない。毎日同じ時間に同じ場所に行くのが苦痛でしかない。

たぶんその場に慣れたりやることが変わりばえしなかったり新しいものを期待されなかったりすると、飽きる。始めにブーストかけてしまうので、その後は下がる一方だ。

だから普通の日常生活を滞りなく行えないんじゃないかなあ。

基本的に何かに追われててんやわんやしてるときの方が生き生きはしてた。いや、だからってまるで余裕なくて成果も出ないが揺り戻しは大変なことになったけれども。

だから「仕事」とそのための「休息」だけで忙しい、という状態ではダメで、「仕事」「趣味」その他色んなやりたいことを平行してやれてるときが一番元気なのかもしれない。

あとほんとは「執着について」という話をしたかったのだけど、眠いから今日はこれでやめる。